日銀総裁が戦後初の空席に追いやられる異常事態。ガソリン値下げ問題を巡る混乱。首相・福田康夫を襲った「四月危機」に政変を告げるきな臭さが立ち込めていた。
「見直すべきは大胆に見直す決意をいたしました。道路特定財源の改革案を国民の皆様にご説明させていただきたい」
三月二十七日夕、首相官邸。福田は真っ赤な緞帳を背に緊急記者会見に臨んでいた。ガソリン税の暫定税率の期限が三十一日に迫り、二○○八年度に即時廃止・値下げを唱える民主党に対する新提案は「道路特定財源制度は今年の税制抜本改正時に廃止し、○九年度から一般財源化する」だった。
「ええッ!」。会見に先立つ午後。長男の政務秘書官・達夫が自民党役員会に新提案を届けた途端、室内は騒然となった。幹事長・伊吹文明は「党内手続きを取っておりませんね。政府の考えをお示しになった」。選挙対策委員長・古賀誠は「首相を支える姿勢は変わりないが、中身はびっくりした」。総務会長・二階俊博は「どうせ民主党は乗ってこないのだから、何を提案しようと同じだ」とつぶやいた。福田は古賀、二階ら道路族有力者の離反を招きかねない危険を冒しながら、民主党案には「暫定税率廃止は現実を無視した議論」となお一線を画した。民主党代表・小沢一郎は二十八日の会見で「(福田と)何回会ってもいいが、かみ合わないでしょう」と突き放した。腹背に敵を抱え「私は決してあきらめていない」と力んで見せる宰相には悲壮感すら漂った。
福田にはまるで似合わないトップダウンの演出。いくつかの伏線があった。
「不在其位 不謀其政(その位にあらざれば、その政を謀らず)」
二十六日夜、元首相・小泉純一郎は元自民党幹事長の中川秀直と武部勤、二階との会合で自らこうしたためた書を披露した。「論語」の一節だ。「責任ある立場にない者があれこれ言うべきではない」。小泉はこう解説した。「責任ある首相が道路財源問題で修正を決断したのなら、我々はそれをしっかりサポートしなければならない」
裏返せば福田自身が「宰相の責任」を果たせ、との強烈な檄だ。小泉の意を汲んだ中川は福田に接触、「一般財源化で改革断行の姿勢を示す」「強行策は避け、民主党と話し合う姿勢を貫く」などのメッセージを国民に発信するようひそかに進言した。
これより前の二十日。参院で主導権を握る民主党の二度の拒否権行使でこの日から日銀総裁が不在となった。春分とは思えぬ氷雨が官邸の屋根を叩き、沈鬱な空気を鈍色の空が一段と重苦しくした。福田が休日返上でまず呼びこんだのは、知恵袋として頼る前官房長官・与謝野馨だった。
「日銀人事、大変なことになりましたね」
そう気遣う与謝野に福田は「一般財源化、どうだろうか?」と相談を持ちかけた。前日夕、政調会長・谷垣禎一らに将来の一般財源化も視野に民主党との修正協議に入るよう第一弾の指示を出したばかりだった。
かねて一般財源化を唱える与謝野は「合理的な考え方だと思います」と背中を押した。暫定税率の扱いを巡っても「どうせなら原油高対策もセットで考えてはどうですか」と思い切った事態打開策の「頭の体操」をして見せ、福田も思案を巡らせた。
与謝野と入れ替わりに現れたのは中川だった。福田を送り出している最大派閥の町村派で「領袖」意識を日に日に強め、やはり宰相の相談役を自任して頻繁に訪れる。
「日銀総裁の空白はなるべく短い方がいい。できるだけ早く次の提案をすべきです」
中川は福田にこう説き、「民主党は財務省出身者は次官経験者以外も含めて全部ダメ、ではなさそうです」と独自の情報収集の感触も改めて伝えた。
与謝野と中川を休日に続けざまに呼んだこと自体が非常事態を物語っていた。ただ、この二人すら福田とぴったりとは言い切れなかった。与謝野の訪問は五十日以上前の一月二十八日以来。不倶戴天の中川の側近、元金融相・伊藤達也を福田が社会保障担当の首相補佐官に突然、抜擢したのを危ぶんで「呼ばれれば喜んで出向くが、頼まれもしないのに自分からは行かない」と官邸との間合いを微妙に測り直していた。
財務省嫌いの中川も日銀人事の核心の相談は受けていなかった。福田が総裁候補に本命の前副総裁・武藤敏郎、さらに国際協力銀行総裁・田波耕治と財務(旧大蔵)次官経験者を相次いで提示し、民主党にことごとく蹴られたのを見て、盟友の慶大教授・竹中平蔵にあらぬ疑念を思わず口走った。
「これは財務省と小沢が裏で手を組んで福田倒閣に動いているんじゃないのか!」
■福田の三つの誤算
実は福田は一月末には「日銀総裁の方は何とかなりそうだなあ」と周辺に漏らしていた。それが二月に入って三つの大きな誤算や読み違いが重なり、情勢は一変した。
第一の誤算。二月一日、元幹事長・加藤紘一と元副総裁・山崎拓が官邸を訪れた。超党派議員団で韓国を訪問、新大統領・李明博と会談するため福田の言づてを預かる目的だったが、ここで加藤が仕掛けた。
「日銀総裁で財務省と日銀のたすき掛け人事はもうやめるべきだ。民間人がいい。ここは奥田碩前日本経団連会長しかいない」
福田は確たる返答はしなかったが、はっきり否定もしなかった。奥田も一案ではあったし、「お話は承った」と頷いただけだったが、加藤は手応えありと決め込んだ。
十日、加藤と山崎は民主党内で小沢批判の急先鋒である元政調会長・仙谷由人、元幹事長代理・枝野幸男らとソウルへ飛んだ。加藤は「奥田総裁」構想を仙谷に耳打ちし、「福田首相も了解している」と囁いた。
昨秋の大連立工作に怒髪天を衝(つ)いた仙谷は、福田が道路財源の「つなぎ法案」を土壇場で取り下げたのを見て、両党首のもたれ合い再燃を疑った。仙谷や枝野にとって財政・金融の分離は結党以来の「党是」に等しい。小沢が「武藤総裁」人事を奇貨として再び大連立に傾けば、九月の党代表選挙をにらみ小沢下ろしに動く腹だった。
そこへ自民党から飛び込んできた「奥田総裁」構想は非小沢グループを一気に勢いづけた。十日、仙谷はソウルで同行記者団に気炎を上げた。小沢への宣戦布告だった。「福井俊彦総裁、武藤副総裁の過去五年間の金融政策を総括すれば、武藤氏を続けて総裁に押し上げるという論理にはならない」
仙谷は党長老の税制調査会長・藤井裕久に「奥田総裁」構想を伝え、藤井は旧知の自民党ベテラン議員に「福田もOKした話」と触れて回った。非小沢系を中心に民主党内に広がった根拠の薄い期待感が「武藤総裁」への心理的ハードルを余計に高くした。