せんこう花火

「すみませんでした、ご面倒をおかけして」

ぺこりと頭を下げて修司に謝りながら、本人はそれを「面倒」だとは感じていない様子だった。おばあちゃんと同じ、最初からすべてを許している表情や口調だった。

「あの子、よく来るんです、ウチに」

いつも友だちと一緒だったという。友だちといっても、なにか、みんなからいじめられてるような感じで、他の子のランドセルを持たされたり、他の子の買い物まで「借金よろしくっ」とお金を払わされたりしていた。

「だから、心配してたんです、わたしもおばあちゃんも」

「じゃあ、万引きも、いじめてる奴らから命令されて……」

「それはわかりません。明日から二学期が始まるから、またいじめられちゃうから、それが怖くて、嫌で、ストレスが溜まっちゃって、つい、しちゃったのかもしれません」

修司は黙ってうなずいた。あの男の子の気持ちは、なんとなくわかる。小学生は無邪気で天真爛漫で元気いっぱいだなんて、おとなが勝手に決めつけているだけだ。子どもにだって悩みはある。つらいことはある。押しつぶされそうな不安や悲しみから逃げたくて、悪いことをしてしまうときだってきっと、ある。

「でも、よかった」

おばさんはほっとした顔になって、暮れかかった空を見上げた。

「……そうですか?」

「だって、あの子、サイン出してくれたから。こんなにキツいんだって、教えてくれたから」

あとはおばあちゃんに任せればいいんですよおばさんは空を見上げたまま言って、「小学生のことを、ずうっと見てきたんですから」と笑った。

修司も「ですね」と笑い返して、「でも、叱らないんですか? 万引きのことは」と訊いてみた。

もちろん、とおばさんは迷いなくうなずいて、修司を笑顔でまっすぐ見つめて言った。

「子どもには許してくれるおとなが必要なんだと思いませんか?」

修司はまた黙ってうなずいた。理屈で納得したというより、頭で考える筋道抜きに、胸の奥がふわっと温まった。

おばさんはまた空を見上げ、「そろそろ花火をしてもだいじょうぶかな」とつぶやき、修司に向き直った。

「せんこう花火、一本だけ、みんなでやりませんか? ウチのお店、夏休みの終わりには子どもたちにオマケでせんこう花火をつけてあげるんですよ」

修司は「じゃあ、僕も付き合わせてください」と言った。自分も昔は『ババア文具店』の常連だったこと言いそびれてしまったが、それでいいや、とも思った。

おばさんはいったん店に戻って、おばあちゃんと男の子を連れて外に出てきた。

男の子の目はまだ真っ赤だったが、涙は止まり、歳をとって足が不自由になったおばあちゃんの体を支える姿は、なんだかとてもうれしそうだった。

がんばれよ。修司は男の子に心の中で声をかけた。いろいろあると思うけど、くじけずにがんばれ。「子ども」の先輩から後輩へのエールを贈った。俺も仕事がんばるからさ、とポケットの中で携帯電話の電源を入れた。

「はい、火が点いたわよ。ボク、持って」

おばさんにせんこう花火を渡された男の子は、しゃがみ込んで、花火の先をじっと見つめた。せんこう花火の火は小さくて、はかなくて、優しく光る。ジジッ、ジジッ、と音をたてる火を、修司も見つめる。

小さな玉になった火に、おばあちゃんが「がんばれ、がんばれ、落ちずにがんばれ」と言った。男の子の背中が丸くなる。すすり泣きの声が、また聞こえはじめた。