せんこう花火

ため息をつき、とりあえずなにか買って帰ろうか、と棚越しに隣の列に目をやった、その瞬間

「こらっ!」

思わず怒鳴り声をあげた。

男の子は背中をビクッと跳ね上がらせ、あわてて外に向かって駆け出した。

だが、修司のほうが速かった。先回りして引き戸の前で男の子を捕まえた。

手首をつかんだ。男の子は身をよじって振りほどこうとする。その肩を押さえつけ、「すみません、ちょっと来てください!」と店の奥に声をかけた。

万引きだった。

消しゴムを半ズボンのポケットに入れるところを、確かに見た。

厳密に言えば、店を出ていないのだから万引きを「した」わけではない。だが、逃げようとしたのだ。万引きを「するところだった」としか考えられないではないか。

「すみません、おばあちゃん! ちょっと来てもらえませんか!」

修司が声を張り上げると、ようやくおばあちゃんはこっちを振り向き、二人に気づいてくれた。

ところが

「万引きです! 万引き!」

修司が怒鳴りながら男の子の手を引っぱってレジの前まで連れて行くと、おばあちゃんは皺だらけの顔をほころばせて、ゆっくりと首を横に振った。

「いや、だって、ポケットの中に入れたんですよ、消しゴム……」

修司は男の子のポケットから消しゴムを取り出して「ほら、これ」とおばあちゃんに見せた。「黙って持って行くところだったんですよ、この子」

男の子はもう抵抗しない。うなだれて、泣きだして、消え入りそうな声で「ごめんなさい、ごめんなさい……」と繰り返すだけだった。三年生か四年生ぐらいおとなしそうな少年だった。

おばあちゃんは修司に消しゴムを見せられても、驚いた様子は見せなかった。

歳をとりすぎて現実がよくわからなくなっているのだろうか、と修司はもう一度、おばあちゃんの耳に顔を寄せて繰り返した。

「この子、万引きをしてたんです!」

おばあちゃんの表情は変わらない。それどころか、うん、うん、とうなずきながら、またにっこりと笑う。

さすがに修司もいらだって、「ほかに誰かいないんですか?」と声を荒らげた。

すると、おばあちゃんは笑顔のままで初めて口を開いたのだ。

「ウチの消しゴムは、ときどき羽根が生えて、お客さんのポケットの中に入るの」

「……はあ?」

おばあちゃんのまなざしは修司から男の子に移った。

「でも、それをレジに持って来てくれたほうが、ほんとうはいいのよ」

ゆっくりと語りかけて、「だってね」とつづける。

「おばあちゃんに見せてくれて、お金を払ってくれると、こんなのがオマケにもらえるんだから」

おばあちゃんはレジを載せた台の下から、束になったせんこう花火を取り出した。

「ね? どきどきしながらおうちに帰るより、花火をもらって帰るほうが楽しいでしょう?」

男の子の泣き声は急に大きくなった。全身を震わせ、しゃくりあげながら、「ごめんなさい、ごめんなさい」と、今度ははっきりとした声で繰り返した。

さっきとは違う。修司にもわかった。さっきは許してほしくて警察や学校や親に連絡されたくなくて謝っていた。だが、いまは、おばあちゃんに謝っている。自分が悪いことをしたんだと、だから「ごめんなさい」なんだと、一心に謝っている。

修司は男の子の手首から手を離した。この子はもう逃げださない。もう二度と万引きなんかしない。捕まえておく代わりに、頭を撫でてやった。男の子の泣き声は、またひときわ大きくなった。

                  *

騒ぎを聞きつけて、店の奥の自宅からおばさんが出てきた。おばあちゃんの息子の奥さんだった。

いきさつを話す間もなく、おばさんはなるほどとうなずいて、まだ泣きじゃくる男の子をおばあちゃんに任せ、修司を店の外に連れ出した。