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妙子、消沈す。<解答篇>竹本健治
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  その三時間後、事務所に戻った妙子は、「やっぱりそうだったわ。たまたま角度のせいで注射器と白い粉が見えたと通報したら、間がよかったのか、すぐに麻薬犬を連れてきて、これは間違いないということになったので、戻ってきた男をすぐに任意同行よ。放っておいたら、いつか公園に来る子供を襲ったりしてたかも知れないから、お手柄だったわ」
  三人にそう報告した。
「それにしても、キララちゃん、どうしてあれを見つけることができたの? たまたま偶然? そういえば、考えていたことがあったと言ってたけど」   そう尋ねると、キララは照れ臭そうにちょっと首を縮めて、 「その前に、山田様がお悩みという問題ですが、簡単な解決方法がございますぅ。モスキート音というのをご存知でしょうかぁ。人間に聞こえる音域は二十ヘルツから二万ヘルツとされてますが、実際には、年齢が高くなるほど聞き取れる音域の上限が低くなってくるんですぅ。個人差もございますが、一万七千ヘルツの音ですと、二十代後半以降の方がたにはほとんど聞こえませぇん。それを利用して、イギリスのメーカーが〈モスキート〉という商品名で、一万七千ヘルツのブザーを鳴らすことによって、大人の客には気づかれないまま、店先にたむろする若者だけを追い払う機器を発売したんですぅ」
「え? そんなのがあるの? 全然知らなかったわ」
  妙子にはまるで初耳だったが、
「へえ、知らなかったんですか」
「あたしは若者のたむろ防止用が最初というのは知らなかったけど、それ、ケータイで、大人には聞こえない着信音というので面白がってよく使われてますよ」
  侑平や光瑠に言われて、それだけ年代によって情報の流通に格差があるのかと愕然とした。
「それで、若者たちが半月前に突然溜まり場を変えたとか、その近くの赤ちゃんが一日じゅう泣きっぱなしだとか、ほかにも体調の悪い方がたがいらっしゃるということから、その公園でもモスキート音が流されているのではないかと思ったんですう。それに、妙子様のお話では、若者たちがいなくなったのに、以前はよくそこで遊んでいた子供たちも来ていないようでしたので~」
「そうか。あの公園で、その音が――」
「問題は、誰がその装置を設置したかですぅ。音は若者たちが退散したあともずっと鳴らされ続けているようですが、それでは先程も言いましたように、肝腎の子供たちも寄りつかなくなってしまいますので、公園の管理者がそうしているとは考えにくいのではないでしょうかぁ。結局、若者たちも子供も寄りついてほしくない人物がいるのではないかと思いましたので、侑平様にお願いして、公園まで連れていっていただいたんですう」
「なるほど」と、妙子はもう感心するばかりだ。
「そしたら、音はあの家屋から聞こえていましたぁ。幸い留守のようでしたので、いろいろ様子を窺っているうちに、運よくあのスポットが見つかったんですう」
「それで、その家の人が覚醒剤常習者だったってわけ。凄い凄い。キララちゃん、凄ぉい」
  光瑠も手放しで賞賛したが、侑平がまるで自分の手柄のようにふんぞり返るので、「あんたじゃない!」と指を突きつけた。
「あんたはベンチで寝てただけでしょ。だいいち、そんな音が鳴ってるなかで、よく昼寝なんてできるわね」
「まあ、あの程度なら楽勝」
「どこまで鈍感な奴!」
  そのやりとりには思わず笑ったが、
「それにしても、そんな大人には聞こえない音があるなんてね」
  妙子が洩らすと、侑平が、
「高周波の音を試聴できるサイトがありますよ。聞いてみます?」
  そう言って、妙子のノートパソコンを引き寄せた。

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