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自著を語る

テレビが面白かった理由
(さとう・たかよし)
一九三五年、東京都生まれ。五九年、一橋大学社会学部卒。日本テレビ入社。『ピラミッド再現計画』『アメリカ横断ウルトラクイズ』『はじめてのおつかい』など数々のヒット作を手がける。現在、日本テレビ顧問。
(ふくとめ・のりお)
一九四二年、高知県生れ。六六年、明治大学卒。日本テレビ入社。『ズームイン!!朝!』『アメリカ横断ウルトラクイズ』『ブロードキャスター』『いつみても波瀾万丈』など。現在、フリー。明るく軽快なテンポが身上。
福留 佐藤さんと最初にご一緒した仕事は何だったんでしょう? 長嶋茂雄さんの特番(現役引退に際しての特番)ではないかと記憶しているのですが。
佐藤 それまでは、廊下で会っているくらいですね。僕と同じくらい寸足らずでよく走っている、ちょっと熱い少年が一人いると(笑)。
 長嶋さんの引退の生放送で、僕はトメさんは指名していないんですよ。「男のアナウンサーが一人欲しい」と言っただけで。そのときスタジオで長嶋さんの初恋の人クロちゃん、取り上げたお産婆さんへのインタビューの切り返しが早くてね。「ああ、うまいな」と思ったのが福留功男というルーキーだったんです。
福留 佐藤孝吉というディレクターは、私にとってみると、まさにお墓に行っても足を向けられないぐらいの人です。テレビの面白さ、番組とはどうあるべきか、モノをつくるにはどうすればいいのか? 全てを教わり鍛えてくれた方です。いくつになってもこの師弟関係は変わらないと思います。
佐藤 テレビというのは大勢の人間で作り出す、チームワーク、共同作業のように見えると思いますが、僕は“二人作業”だという風にずーっと思っているんです。
 プロデューサーとディレクターというケースもあるし、ディレクターと出演する人、あるいはカメラマンという二人のケースもあります。これがうまくいっている番組は必ずうまくいくんです。
福留 そうですね。私も経験があります。
佐藤 だから、もの凄い熱気をもって飛び出してきた、背丈が自分と同じくらいのアナウンサーを見て、「おっ、彼を叩いていくと、僕も自分が叩かれて、刺激しあっていけるかな」という本能的な感覚があったんです。
福留 しばらくたったある日、突然、電話がかかってきたんですよ。「おまえ、クイズ番組やれ」って。それが『アメリカ横断ウルトラクイズ』だったんです。
佐藤 あの番組は、今、考えてみても、テレビに一時代を作り上げたというか、大変な作品だったと思います。ウルトラクイズを見ていない人は選挙権を失うって話もあったくらいですから(笑)。主要大学には全て、「ウルトラクイズ研究会」ができましたし。二十代三十代の人と話をすると、「ウルトラクイズ」の話題は必ず出てくる。彼らの青春そのものだった。
福留 「大橋巨泉に頼むと制作費が足りなくなる。おまえ社員でタダだから、とりあえず行ってくれ。本当は世界一周を考えてるんだけど、ジャブでアメリカだよ」と(笑)。その現場を全て仕切ったのが佐藤さんだったんです。で、忘れもしませんけど、六千九百万円もお金を使っているんですよ。予算の倍以上も。
佐藤 もともと一本分の企画だったのに、収録中のアメリカのどこかから東京に電話を入れて「面白いから二本になります! 二本にしましょう!」と。一回だけのつもりが十六年間続いて六十四回、一種の社会現象になりました。
福留 あんな視聴率を、変な細工なしに取れたんですからね。
佐藤 有名タレントなんて一人も出ない。出演者は、ただの学生さんやサラリーマン。それが「ペンギンもしもやけになる。○か×か?」なんていうクイズに答えるだけ。ところが週が重なるごとに、視聴者は、勝ち残っていく無名の誰かに感情移入して、ファンになっていくんです。旅を続けるうちに、番組は、単なるクイズ番組から、クイズの形式を借りた「青春ヒューマン・ドキュメンタリ」に成長していったと思います。
福留 解答者が、スターになってしまうんですよね。三回目の優勝者の学校の学園祭には、六千もの人が、彼見たさに集まったといいます。その裏で、現場は常に真剣作業でした。
 こんなことがありました。ある収録現場で、スタッフの仕事ぶりが緩慢だったことがあるんです。すると佐藤さんが私のところにやってきて、「おまえ、怒鳴りつけるから、いいな?」と耳打ちして、その直後に「バカヤローッ、トメ、ピリッとしろっ!」と怒鳴ったんです。司会者が怒鳴られるわけですから、周りはピーンと緊張します。なるほど、こうやって現場を掌握するのかと、感心したものです。
 スタジオがないクイズなんて前代未聞。いい作品に作り上げていくには、大変な苦労があったと思います。
佐藤 たとえば、朝の暗いうちに砂漠の真ん中にセットを作り上げます。そこにホテルから目隠しをして解答者を連れていく。目隠しを取ると、解答者は、「ここはどこなのか?」「何がおきたのか?」と唖然とする。
 しかも、目隠ししてセットに連れて行く姿は、画面には一切出さない。テレビで放映される部分は氷山の一角。放送されない部分は山ほどあります。この見えない部分に、いかに力を注げるかが大事なんです。
 相手を驚かすにはどうしたらいいのか? 舌なめずりしながら、考えて考えて考え抜く。一冊の本を書くときは、資料を調べて取材してから、書き始めますよね。テレビの手法も、同じ。何の準備もしないで、フィーリングで撮っていたのでは、素晴らしい映像、面白い映像は撮れません。
福留 どんなに準備を周到に行っても、ドキュメンタリですから思い通りにいかないこともあります。だから周到に準備して、演出家はシチュエーションを作りこみ、撮り損ねがないようにカメラマンが狙い、僕は言葉でどう表現するかを考える。
 いわば、ホンモノ志向の“職人”が親分のために集まってできていた番組だったんです。だからこそ、十六年も続いたのだと思います。
佐藤 スタッフに志がありましたからね。出演者の若者たちに「これからの日本を君たちに託していくんだからな、もうちょっと何とかなってくれ。頑張れ」という気持ちがあったんです。
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