「北朝鮮の崩壊論は結構だが、金正日体制が崩れた後、あの国にどんな政権が生まれてくるのか。日本人はそのことを真剣に考えたことがあるのか?」
北朝鮮が核実験を強行した昨秋、日本を訪れた中国の東アジアの専門家は、日本に蔓延していた北朝鮮崩壊論を取り上げ、露骨な嘲笑(あざけ)りの表情を浮かべ、こう続けた。
「次に出てくるのは、さらに原理主義的な色彩の強い政権だろう。国民にあれだけの負担を強いている国が、仮にも精神的な支柱を失えばどうなるのか。求心力のない脆弱な政権は外部に“敵”を求めるに違いない。それがどれほど危険なことかを考えれば、金正日はまだ話の通じる相手だ。つまり、消去法で考えれば彼を支えることこそ、(中国の)国益なのだ。おそらくロシアも考えは同じだろう。それに比べて日本はなんと気楽なのか」
金王朝の内部崩壊、アメリカによる攻撃などと「北朝鮮危うし」の情報がさまざまに飛び交う日本に反し、中国やロシアは成り行きを静観していた。もともと北朝鮮の擁護派と考えられがちな中ロ両国は、さらに本音の見えにくい態度を保っていた。
表面的に見れば対北朝鮮強硬派の最右翼は日本である。だが、中ロと比較すれば明らかなように、日本はただ金王朝を倒すことがゴールだという議論であり、それが本当に日本の国益なのかを検討しているとは思われなかった。逆に、擁護派を装う中ロは明らかに“金正日抜き”の北朝鮮を冷徹にシミュレートしたことをうかがわせた。つまり金正日の“摘出”がより彼らの国益に沿うのであれば、彼らは間違いなくその可能性をさぐったのだ。
北朝鮮から見たとき、はたしてどちらが恐ろしい敵なのだろうか。北朝鮮が日本の存在を軽視する理由は、実は日本が軍事力の行使にさまざまな制約をかかえているという理由だけではないのだ。
では、北朝鮮が無視できない国、中国が分析を重ねた北朝鮮とはいったいどんなものなのだろうか。もしそこにアクセスする方法があるのならば、誰もがのぞいてみたいと思うのではないだろうか。
本書は、こうした日本人の好奇心に正面から応えてくれる貴重な書籍である。
筆者の欧陽善は、もちろん実在の人物ではない。複数の現役の官僚たちによって構成されたチームのペンネームであるからだ。
現役の党・政府の官僚たちがこうしたきわどいテーマで執筆し出版するということは中国ではほとんど前例のないことだろう。しかも彼らはすべて党や政府の対北朝鮮外交の窓口で、いまこの瞬間にも北朝鮮の幹部たちを相手に交渉を行い、ある者は情報収集に走り回り、またある者は研究者として分析を重ねているのだからなおさらである。
中国と北朝鮮は、かつての社会主義国同士の交流を維持している唯一の関係国である。そのため中国の外交の窓口は外交部ではなく中国共産党中央対外連絡部(中連部)である。そして、本書の中心メンバーが属している組織もこの中連部である。その彼が全体の約七割を執筆し、残りの部分を外交部、中国社会科学院、軍事科学院などに所属する別の官僚たちが手分けして執筆しているのだ。いずれも内部情報に接することのできる専門家たちばかりだ。
彼らが筆を執った最大の動機は、「本当の中朝関係を世に知らしめること」だという。もちろん対象は中国の国民である。
そして彼らは「血で固められた友情」と呼ばれた中朝関係の実態が、実はどれほど疑心と不信と嫌悪と憎悪にまみれているのか、容赦なく本書のなかで綴っている。
そもそも「血で……」のルーツである朝鮮戦争において、中国はいかに朝鮮から裏切られ続けてきたのか。そして一方の北朝鮮も中国に感謝などすることもなく、逆に金日成が中国の司令官から張り手を食らうという屈辱をうけ、激しく中国を憎むことになったという知られざるエピソードも披露され衝撃的だ。
現代では、北朝鮮から持ち込まれる麻薬やニセ札でどれほど中国が被害を被り頭を痛めているかを、そして、すでに中国の多くの官僚のなかに、北朝鮮を“お荷物”とする見方がどれほど広がっているかを、これでもかと記している。こうした事実は、パターン思考に陥っている日本人の目を強烈に覚ましてくれることだろう。
そして本書のなかの記述で最も衝撃的であったのは、〈中国の党・政府・軍の一部には、「来るべき北朝鮮との戦争に備えるべきだ」とする声がある〉と記したくだりだ。
この裏側で中国は、アメリカと北朝鮮の急接近の可能性を見て警戒を強めている。
これまで日本で当たり前のように語られてきた中朝がいかにピントのズレたものであったのか。本書は徹底的に教えてくれるはずである。 |