米原 『シモネッタのデカメロン』すっごく面白かったけど勿体ないよ。四冊分ぐらいのネタをギューッと詰め込んでるんだもん。もっと稀釈して嘘も入れたらいいのに……読者はお得だけど。
田丸 万里の新刊『パンツの面目ふんどしの沽券』は民族学的、人類学的で、私みたいなお手軽なエッセイと違って文献もすごい。私は中身に、あなたは容器にしか興味がないから、パンツ。
米原 ハハハ。二人ともシモネッタだけど分業してるのね。私はスカトロ系で、田丸はエロス系だから競合しないんだ。
田丸 ただ万里はスカトロ学術系ね。私、学術のガの字も全然ないから。
米原 学術系じゃなくて、経験不足を文献で補ってるの。田丸だって、自分のエロス体験不足を棚に上げて他人の話ばかりじゃないの。若き日の自分を語るところは清く貧しく美しくを地で行ってて微笑ましい。
田丸 実は書けなかったけど、私の上を通りすぎていった男が大勢いて……(笑)。
米原 いや、絶対にない。私より少ない。
田丸 万里とはシモネタ小話で盛り上がっても、お互い自分の体験談は一切しないものね。秘すれば花。『デカメロン』の境地には到達できない。
米原 でも何でこんなにたくさん色々なネタが集まったの? まさか毎回お客に性生活についてインタビューしてたの?
田丸 向こうから話すの。学生時代から聞かされてる。
米原 ふつう外国人の異性にここまで話すか? 塩野七生さんとか須賀敦子さんにイタリア男がそんな話している図は浮かばないよ。私の妹も三年ほどイタリアで料理修行をしてたんだけど、妹から聞くイタリア人観と、田丸の本から浮かび上がるそれとはかなりずれるんだよね。
田丸 やっぱり私のフェロモンのせいね。
米原 フェロモンがないからよ、おそらく(笑)。話を聞いてもらう尼さんなのよ。
田丸 寂しい。やる女じゃないの?
米原 やる女にはこんな話はしないよ。
田丸 日常の会話だよ、イタリア人にとっては。万里は『デカメロン』は読んだ?
米原 家の本棚に文庫があって、中学のころ読んだ。艶笑話ばかりで、最初興味津々だったけど、ウンザリしちゃった。
田丸 健康な性欲の塊の男女たちが、恥じらいもなく、明るく堂々と話すの。私、イタリア語に「厭世的」という言葉はないんじゃないかと思うわ。
米原 ところがね、私の妹は、とにかく女がいたらくどかなくてはいけないというイタリア文化の中に身を置くのは、そういうことを人前で表明するのをはしたないとする日本のような文化に身を置くのと同じくらいに辛いものだと言うの。例えば通りの向こう側をすごい美人が歩いていたとする。日本の男なら、通りを渡って声をかけたいのを自制する。イタリア男は、内心どうでもいいと思っていたとしても、通りを横切って声をかけなくてはならない。
田丸 そうでないと男とみなされないと。
米原 そうそう。いつも女に興味があるふりをし続けてなくてはならないのよ。
田丸 私だってあえてシモネタ好きを演じてるのよ。今度の本を出すのも恥ずかしくて、つい、いい年をして、とか思っちゃうのね。
米原 うーん、演じているだけで、ここまでシモネタは集められないよ。
田丸 ボッカッチョはペトラルカと同じ時代じゃない。最高のラテン語使いで、薫り高い文芸作家のペトラルカに、ボッカッチョは心酔しきっていたのね。ところがペトラルカは、君の才能は認めるが『デカメロン』は愚作だと言ったのよ。俗語のイタリア語を使わないで、ラテン語でもっと高尚なものを書きたまえと言われて、ボッカッチョは自分の書いた『デカメロン』の卑俗性を恥じ、ラテン語で学術書を書き始めたけれども、全てが中途半端で、どんどん落ち込んでいった。だから私はあなたの路線を踏襲しないで、卑俗だけど、堂々とふてぶてしくエロスを追求する。路線を変更しちゃいけないのよ。
米原 おっ、ボッカッチョに自分をたとえてしまいますか! それなら、ほら、よがり声が漏れないために寝室の壁をコルク貼りにした社長の話とか、以前田丸が話してくれたもっと赤裸々な話を入れるべきだよ。まあ、次回のお楽しみってとこかな(笑)。
田丸 イタリア男は女を見たらくどくのが礼儀とか言われてたじゃない。ところがEUに組み込まれたせいか、彼らもかなりビジネスライクになったなと思ってたの。先日仕事した社長も、そばで訳す私に一切関心を示さなかったのよ。ところが午後、すごく美人のインタビュアーがきて、「まず来日の目的をお伺いします」と言ったら、「あなたに会うためです」(笑)。「それでは第二の目的は?」「あなたを夕食に誘うことです」(笑)。やっぱり変わってないのよ。女を選び始めただけなの。三〇年経ってやっと黒子の通訳になれたと、喜ぶべきなのかな。
米原 イタリアではセクハラをしないことがセクハラだって書いてるよね。日本だと、「Aさん、今日のスーツ素敵だね、口紅も新しくしたんじゃない?」と言っただけでセクハラになる。BさんにもCさんにも言わないで、美人のAさんにしか言わないから。イタリア男は、美人だろうとブスだろうと、職場の女全員に声をかける。
田丸 だからブスも誤解してブスだという自覚がなくなり、幸せに過ごせる。
――全員をとりあえずくどくにしても、男にも好みがあるわけですし、ちゃんと本命にはサインを出しているんですか。
田丸 好み? いつでも誰とでもできるのが男というものです。好き嫌いを言ってはいけません。女を幸せにするのが男の務めだから。微力ながら務めなくては。
――お仕事みたいじゃないですか(笑)。
米原 妹がイタリアで勤めていたとき、毎朝、男たちに「結婚しようよ」「さもないと僕は身の破滅だ」とか言われ続けて、そのうち言語中枢に達するときには「おはよう」としか聞こえなくなるわけ。イタリア女性は毎日そう言われ慣れてるから、「こんにちは」「やあ」ぐらいにしか聞こえないのよ。
田丸 ところが日本から来た女の子が、その気になって、ほんとに寝ちゃうから、くどいた男も困ってたりするのよ。
米原 挨拶のつもりだったのに。
田丸 いつのまにかベッドにいるぜ。
米原 男にとって誰でも見境なくくどくことはすごく大切なの。光源氏やドン・ファンやカサノヴァがなぜこれほど愛されているかというと、老若美醜に拘らずにあらゆる女性とやったからなのよ。
田丸 つまり功徳を施しているのよね。
米原 そう。狭い自分の好みに縛られていると、愛されないのよ。 |