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自著を語る

科学的な決定をするために(畑村洋太郎)
 京都・丹波での鶏インフルエンザ騒動の報道を見ていて、恐ろしくなった。
 私が「二八(にっぱち)の原理」と呼んでいる経験則がある。組織にいる人間は二対八の割合で分かれるというものだ。
 例えば、会社で「黙っていてもちゃんと仕事をする人」は二割しかいない。逆に、「サボる人、ダメな人、どうしようもない人」というのも二割いる。組み合わせると二対六対二の人口分布が成り立つ。
 日本にあの規模の養鶏場が何軒あるかは知らないが、仮に千軒としたら、うち二百軒はダメな養鶏場ということになる。ということは、同じような養鶏業者がまだこの国には一九九軒もいるのか、そんなことを考えて恐ろしくなったのだ。
 同時に虚(むな)しくもなった。
 私は、数年前から「失敗学」という言葉を使い、講演や出版活動を通じて、多くの人たちにメッセージを発信してきた。古くはO157から、東海村臨界事故、地下鉄日比谷線脱線事故、雪印食中毒、明石市の陸橋での将棋倒し事故、外務省のプール金問題、BSE、SARS、宮城県北部地震、タンクやタイヤ工場火災、H2A打ち上げ失敗など、その時々の例を挙げて、文字通り「この国は失敗から学ばなければならないのだ」と主張し続けてきた。
 これには、たくさんの人が共感してくれた。最近では、「やっと日本でも失敗に対する考え方・取り扱い方が変わってきた」という実感がある。それでもこういう事件は起き続ける。私の大声も隅々まではなかなか届かない。
 しかし、救われる出来事もあった。
 私は国交省のリコール原因調査分析委員会の委員長をやっているが、その調査研究のため先日、オートバイの製造工場に見学に行った。
 失敗学の提唱者がお役人を連れてやってくるわけだから、向こうは嫌だろうなと思っていた。しかし、彼らは「どうぞ、どうぞ」と気持ちよく迎えてくれた。
 実は一年前、その工場で講演をしたことがあって、三百人の関係者が私の話を聞いてくれたのだった。
 工場長いわく、「先生には一年前の講演会できっちり教えてもらった。だからウェルカム」なのだという。見学では工場長が一緒にまわって説明をしてくれた。
 そのとき工場の中に、一辺八〇センチほどのダクトが張り巡らされているのが見えた。ダクト内部に溜まったゴミや埃は粉塵(ふんじん)爆発の原因となるが、ダクトの中に入って掃除することなど、誰も考えもつかない。が、爆発の威力は凄まじく、炎がダクトを伝うので工場全体が瞬時に燃えてしまう。
 私は化学の専門家ではない。これは昨年、タイヤ工場やコンビナートの火災が続発したとき、これらについて自分で考え、学んだ結果だ。それを私は新聞に書いたりした。
「ダクトってのは……」と私が工場長に話しかけると、「ちゃんと掃除してますよ、先生の新聞記事を読んでから」という。
 よく見ると、ダクトが曲がっている部分には、掃除用の点検口がついている。
「掃除してみたら案の定、埃が溜まってた。集めた埃を捨てないで燃してみたら、これがよく燃えたんです(笑)。
 こりゃ大変だっていうんで、埃の溜まりやすい部分には点検口を付けた。ひとつ五万円かかりました。それでも工場が吹っ飛ぶよりはいい。もし掃除しないでこのままやっていたら、火災事故になっていたでしょうから」
 嬉しい驚きだった。当たり前だが、日本の生産現場にもこういう人がいるのだと安心した。
 日本も捨てたもんじゃない。自分の仕事を誇り、まじめに頑張っている人がたくさんいるのだ。
 こういう職業意識の高い人と話していて、いつも感じることがある。
 それは、「思考が科学的だ」ということだ。私は、こういう「科学的な思考」は、これからのリーダーに不可欠な条件だと思っている。
 この『決定学の法則』は、まさにその「科学的な思考」を使って、様々な岐路で最善の決定をするための方法論を提案した本だ。
 科学的な決定とは、簡単に言えば「事実に基づいて実証的に考え、決定すること」である。
 本書では、決定の脈絡、迷い、躊躇といった脳内のメカニズムを分析し、その法則性を理解することで、「科学的な思考」の展開方法にアプローチしている。
 多くの人は、あまり「科学的な思考」をしない。その時の気分に左右されて、特に理由なく決めている。
 かと思えば、プレッシャーのせいで難しくないことを過剰に恐れたり、考えれば考えるほど迷って決断できなかったり、逆によく考えなければいけないことを直感的に決めたりもする。
 こういった非科学的な決定を続けていると、ここぞというときに真の「賭け」ができなくなる。
 ビジネスからキャリアデザイン、ライフステージにおける決定まで、吉と出るか凶と出るか、結果がまるで読めないときがある。でも絶対にこの勝負には負けられない。そんなとき、思い切って賭けなければいけないが、サイコロを投げるような当てずっぽうなやり方ではいけない。科学的に思考し、決定し、賭けるのだ。
「自己責任」という言葉を安易に使う風潮には感心しないが、現在の日本人は、自分で考え、決定しなければいけない時に立たされている。
 そんな時代を生き抜くためにも多くの人が本書で“自分自身の決定学”を手に入れてほしいと思う。
本の話最新号目次
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