ぼくの紹介や履歴っていうとこに、〈内装会社を経て〉とつく場合があります。まあ、たしかに経ましたが、二年弱しかおりませんでした。入社して二年目の冬、ボーナスをいただいてやめたんです。なぜ、やめたかといえばですね、つまんなかったの。つらかったの。嫌でたまらなかったの。もともと内装に興味なかったし。文学部だったし。
就職活動をしていたのはバブルの絶頂期、Aが三つしかない成績のうえに、ほんとに卒業できるの、というくらい単位数を残していたボンクラ学生にもかかわらず、採った内定は二十社をくだらなかったはず。一応ね、業種は広告に絞っていました。なんでかといえば、そういう時代だったんです。広告カッコイイ!っていう。ほんとすいません、ボンクラのうえに莫迦(ばか)で。
ぼくが入った会社は広告と内装の二本立てでした。サークルの先輩がいて、会社訪問いくと、「面接で内装を希望するって言えば入れるから」って教えてもらって、そのとおり実行すると、見事内定。
ところがですね。入社後、内装から広告へ異動になることはぜったいないと人事部のひとに告げられました。別段、先輩は嘘をついたわけではありません。ぼくがきかなかっただけ。しかもその先輩はぼくが入社する前後に、より大きな広告代理店へ転職していきました。
まあ、だれに文句を言えるわけもなく、ぼくは黙々と内装の仕事をこなす日々を暮らすことになりました。
なにをしていたかと言いますと現場監督です。上司や先輩に現場へ連れてかれ、図面渡されて、「完成するまでここにいるように」と命じられます。
「でもぼく図面なんか」
「読めなくていい。職人達がぜんぶやってくれる。彼らはきみがなにも知らない、なにもできない人間なのは重々承知だ。作業の邪魔にならないよう、隅っこで突っ立っていればいいから」
そしてぼくひとり、現場に置いていかれます。極端に書きましたが、おおむねこんなカンジでした。なにもしなくていいって言われても、せめて格好だけでも、と図面を開いて、できあがったものと見比べもしましたが、なにがどうなっているかさっぱりわからない。そうやってうろついていると、作業中の職人に怒鳴られる始末。やむなく隅っこで小さく、いえ、もとからちっこいんですが、さらに身をすくめて、じっとしているより他ありません。
ぼくがいた会社は大手デパートの子会社で、現場は親会社の店内の改装が主でした。部長以上の人間はほとんど親会社からやってきたひとだったように思います。
火曜日の閉店後、店内に入り、解体にかかり、翌水曜日の定休日を丸一日つかい、木曜日の朝までに完成させるというまさに突貫工事。そのあいだ、ぼくは図面を小脇に挟んで隅っこに隠れておりました。
これはタイヘンなことになった。どうにかしなければ。
そこで二十二歳のぼくは一念発起して、内装の勉強に勤(いそし)み、なんてことはまるでなく、どうすりゃここ抜けだせるんだ?と真剣に悩みました。
とりあえず営業に異動願いをだすと、一発でオッケー。ところがこれがさらなる地獄のはじまりでした。さきほども申しましたとおり、大手デパートの子会社ではあるんですが、親会社の改装だけではなく、新規開拓もしていかねばという方針のもと、飛び込みに近いことをやらされたのです。町中歩いて、目についた不動産屋やビルの管理会社の電話番号をメモして、会社に戻り、アポイントをとるんです。まずほとんど電話口で断わられる。それでもとにかく会ってくれることになってもですね、相手はハナから聞く気ないの。ちゃんと聞くのは閑職で時間を持て余しているひと。そういうオジサンに、きみ、もう少し気を落ち着かせて、ゆっくり話をしたまえ、そうしないとなんの話をしているのかさっぱりわからないよ、と諭(さと)されるように言われ、情けないことこのうえありませんでした。
ぼくが会社を辞めた理由はそうした仕事が嫌でたまらなかったというのもあるんですが、直接の原因はもっとくだらないことなんですよ。
ある日、お腹が減って、仕事の最中、コンビニで買ってきたメロンパンを食べていたら、上司に叱られたんです。それでもうこんな会社いてやるものかって。
あっ。みなさん、あきれましたか。そうですよね。辞めた理由がメロンパンじゃだれもがあきれる。
ほんとすいません、どうしようもない人間で。
えぇと、そんな日々を思いだしつつ、『カイシャデイズ』を書きました。というと嘘になります。正直、この小説の舞台である会社、〈ココスペース〉の社員達にはモデルがおりません。しいていえば、どれもこれもぼく自身です。
この際だからはっきり言っちゃいますか。
駄目なヤツはぼくで、ちょっとかっこいいヤツは、ぼくがこうなりたいという人物です。うんとかっこいいヤツはでてきません。ついでにいえばアイドルっていうか、マドンナ的存在の女性はぼくの好みです。はい。