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自著を語る

「芋たこなんきん」に、ようこそ(田辺聖子)
我われの世代は、鬱懐だらけ

――このほど刊行された『おせい&カモカの昭和愛惜』(文春新書)は、田辺さんのアフォリズム集としては五冊目ですが、これまでのものとは、少々趣きを異にしています。あえて、ご自身「アフォリズムが不可欠」とおっしゃる恋愛小説以外の作品の中から、おもに選んで構成しました。改めて読んでみると、小説、エッセイはもちろん、評伝、対談にさえも、匕首(あいくち)に似た鋭い人生観照、人間洞察の、箴言(しんげん)がたくさん散りばめられていることに驚かされます。
田辺 私はいつもアフォリズム式に人間を見ているのだけど、そんな見方は大阪人の特性かもしれませんね。大阪人には、たとえば「困ったなあ。嫌な奴だなあ」、なんていうような場面でも、ひとこと、「ナンギなやっちゃなあ」と。そういう何かややこしいところをピタッと当て嵌(は)める語彙がいっぱいあるの。
――ややこしいところにピタッと嵌まるのは大阪弁だけでなくて、漢語的な語彙でもそうですね。ああ、こういう言葉があったのか、と嬉しくなります。
田辺 ほんと? 好きなのよ、漢字が。「びっくりした」と書いたらええねんけど、「一驚を喫した」としたいのは、それなのね。きっと、ちっちゃいときにいろんな本読んだせいだと思う。うちの叔父たちは「キング」を読んでいたし、父親は「文藝春秋」だったし、母は「婦人倶楽部」をとって、叔母は未婚のくせに、面白いからいうて「主婦之友」とって、下の叔母が「新女苑」だったかな。私は「少女の友」だったでしょう。うちはみんな本をツケで買うから贅沢な買い方してて、だからお金たまらなかったのだけど(笑)。私、あらゆる雑誌をわけもわからずに全部読んでたの。「本がないと思ったら、聖子のとこにあった」ってみんなに怒られてた。昔はルビ振ってくれていたから読めたのね。
 困ったことに、今の若い人はボキャブラリーが少ないの。漢字ぐらい意味やイメージを圧縮してインパクトのあるものはほかにないから、もっと漢語を覚えればいいのになあと思うわね。

――本書に登場する最初の項(「おせいさんの昭和館」)には、「鬱懐(うっかい)」という言葉がでてきます。「左でなければ納得できない時代もあったし、右にならざるを得ない鬱懐を抱かされる時代もやってくる。世はうつり、人はかわる、ということだ」と。
田辺 我われの世代は、もう、鬱懐だらけ(笑)。

“昭和党”の無常観

――ほんとうに、これまでの日本人の中で最も数多くの鬱懐を抱いて生きてきた世代かもしれませんね。戦前の平和と繁栄と、戦争の苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)と戦後の焼け跡と、復興と高度経済成長、バブルと震災、サリンのテロまでも。
田辺 そない言われたら思い出した。普段忘れてるけど(笑)。そうそう。それはものすごい世代やね。もっと我われの世代は大事にしてもらわないと、いけないんですね。
――わけても田辺さんが十七歳のとき、昭和二十年六月一日の大阪大空襲で見た風景は強烈な記憶となってこころに刻まれたのではないでしょうか。
田辺 そうですねえ。その日、警報解除になって、学校から家に帰ろうとしても、電車は動かず、大阪の町を歩いて縦断、やっとの思いで家に帰ると、鬼ごっこや縄跳びをして遊んだ原っぱが死体焼き場に変わって、延々と一晩じゅう人を焼く火が燃えている……。そんなもんを見てしまったということね。世の中が二転三転でひっくり返って、まさかと思うことを、いっぱい、いっぱい見てきましたわ。
 少しして終戦になると、戦後の躁狂の中から、何となくどこからか笑いが出てきたのね。漫才師さんが戦争から帰ってきて、兵隊服着たまま舞台へ上がったりしてね。メーデーというのも初めて見たわ。赤旗立てて労働歌なんか唄って、年いった人たちは「えらい世の中になりましたなぁ」って言ってたんやけど、その一方で、ダンスが流行(はや)ってねえ。ガラス屋のオッチャンとか八百屋のオッチャンとかが、嫁はんと違う町内のオバサンと「クイッククイック、スロースロー」言うて(笑)、「何やねん、これは?」と思ったな。今思えばおかしきこと多々ありきやね。そうか、人間というものはどないにでも変わるもんだなと思った。ついこないだまで、特攻隊の賛美ばっかりしてたのにね。

――特攻隊といえば、田辺先生は、「私の知っている限り一番センチメンタルだったのは第二次世界大戦の昭和十八年十月二十一日、明治神宮外苑で行なわれた学徒出陣の壮行式だった」とおっしゃっていますね。
田辺 そう。ニュースで見ました。あの日は雨が降っていたでしょう。雨の中を若き学徒が銃を担がされて粛々と出て行くんですよね。出陣なんてきれいに言ってたけど、いったい何人が帰ったでしょうねえ。「滅私奉公」とか「祖国に殉ずる」なんていう流行語のお陰で青年たちもそれに酔わされていたんだけど、でも、そういうお酒を飲まなければ、あんな時代は乗り切れなかった。みんなそのつもりで酩酊してたんだと思う。酔っぱらってる人の十人の中で、せめて一人ぐらい「ヤバイぞヤバイぞ。そんなことしたらヤバイぞ」って言わなきゃいけないんですけどね。それがインテリのいちばん大きな義務ではありますけれども、でも、世の中がそういうふうになってるときに言うのは、とても難しいこと。
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