 |

 |
姫野 こんにちは。「本の話」の、このページを開いておられる方には、私のことを誤解されている方も少なくないと思うんですけど。
――え、誤解と言いますと。
姫野 私の名前には見覚えがあるが読んだことはない、という人は、「若い娘がせつない涙を流すような物語だろう」とか「おしゃれな洋服や雑貨について書いてあるんだろう」みたいに思い込まれることが多いらしくて。事実、よく手紙をいただきました。こういう内容だと思って読んだのに、違っていて裏切られたとか(笑)。
――そうですか。すでに何冊も著作がおありで、決してそんなこともないと思うのですが、このインタビューで、作家姫野カオルコさんと新作の『ハルカ・エイティ』について、より理解していただきましょう。まずは、この作品を書こうと思われたきっかけを。
姫野 あとがきで少し触れたように、私の世代だと、小学生のときにはもう太平洋戦争は過去のことだったんですね。同級生のお父さんやお母さんは、戦時中に子供だった人がほとんどで、実際に戦争に行った人は周りにいなかった。ですから、私の父が軍人だったということは隠していました。それでも、殺人しよったやつの子供や、と言われたこともあった。その頃、私の世代はみんな、来る万博をすごく楽しみにしていたんですね。そういう時代にあって、家に帰ると、まだ戦時中なんです。我が家だけずっと戦争の影が暗く立ち込めている。でも、その影をみつめてはいけないといったようなものも立ち込めている。それがすごく苦しい。どういう苦しさなのか、小学生の語彙では同級生に説明できず、もっと苦しくなる。大学生になって、ある人にそのことをなんとか一所懸命話したんですが、「いい加減、親離れしないとダメ」と言われただけでした。相手は私より十二歳上の人でしたが、その人のお父さんもやっぱり戦争には行っていなかった。だから、本当に長年の課題として、戦争の落とした影を書こうという思いはありました。
――大正九年に生まれて昭和の戦前から戦後を生き、戦争に翻弄されたとはいえ、特に波乱万丈というわけではない一人の女性ハルカの人生を描いて、これだけ読ませる筆力はすごいな、と思いました。書かれるときに気にされたところというのはありますか。
姫野 今も昔も変わらないものがある、ということを忘れないようにしたというか、若い人が読んで、この時代の話は今と違う別の世界のできごと、だと思わないように工夫しました。あと、今回は今までの筆致と変えています。
――と言いますと。
姫野 できるだけ自分らしさを消すようにしました。今まで姫野カオルコらしさ、と言われたものが実際にそうなのかは自分では判りませんが。とにかく読んだ人が嫌な気分にならないようにしようと。今までだって、嫌な気分にさせようと思って書いてきたわけじゃないですが、怒る人もよくいたので(笑)。本を読むのが大好きという人よりは、読書はいくつかある趣味のうちのひとつです、というような人をイメージして書いたつもりです。
――ハルカは姫野さんの伯母様がモデルということですが、伯母様を主人公に描こうと思われたのは。
姫野 明るい話にしたかったので、明るい人を主人公に。伯母にも太平洋戦争の影は落ちていたはずなのに、すごく明るくて、奥田民生の音楽なんか聞いちゃって、カマンベールチーズとコーヒーが好きで、綺麗でオシャレで、接する者を良い気分にさせてくれる。何がそうさせたのだろう、と思いまして。
――ハルカと夫の大介の関係がまた良いですよね。
姫野 ええ。大介は、ハルカに女房ではなく、いつも恋する現役の女性でいてほしかった男性です。とてもダンディで良い人物ですが、それは彼の両親が仲が良かったからだと思う。ときに夫婦喧嘩をしたり、浮気をしたりしたとしても、仲の良い夫婦というのは、子供を良い人間に育てると私は思う。
――ハルカ自身も、夫だけでなく、自らの親にも、義理の父親母親にも、本当に可愛がられましたよね。
姫野 そういう人は性格が良い。見ているほうもやっぱり気持ちが良いですよ。良い気持ちにさせてくれる人を描いたことで、読者にもそれがつたわって良い気持ちになっていただけると嬉しいのですが、今度は「こんな良い人がいるはずがない」と言われないかが心配(笑)。嘘みたいですが、あのハルカとお姑さんの話はほんとなんです。ハルカが寝坊して目を覚ますと、「かんにんな、起こしてしもて。ええて、もっと寝てなはれ」と言って、全然怒らなかったんですね。あまりにもやさしすぎて、「そんなアホな」という人がいるかも。
――読者としては、どこまでが事実で、どこからが脚色してあるのか、気になると思います。
姫野 うーんと……。たとえば、大介が戦場で銃撃を受けて、頭にかぶっていたヘルメットを弾丸が貫通して、中でくるくる回ったという部分など、戦場でのことはだいたい事実です。そういう目に遭われた方から直接話を聞いたのです。でも、それは大介に起こったことではないので、大介に起こったように書いたことは脚色になりますよね。そんな感じです。 |
 |
 |
 |
|
 |
|
 |