トップ雑誌本の話
自著を語る

いとおしい人たちを描く(山本幸久)
――最初に小説を書くことになったきっかけは?
山本 うちの奥さんに「書いてみたら」といわれて、世田谷文学賞に応募したのが、最初ですね。それまで小説なんて書いたことなかったんです。そのとき、小説すばる新人賞を受賞した「笑う招き猫」の原型になるようなものを書いて投稿したら三席をいただいた。それがスタートです。
――それまでは漫画の編集をやっていらした。
山本 そうです。漫画編集をずっとやってきたんで、話をつくるというか、ネタを出す作業は十年以上やっています。ただ、漫画家と僕が一対一でネタ出しをするより、漫画家ひとりに対して編集は三人くらいで集まって、皆でディスカッションしていくんです。そこで鍛えられた面は確かにありますね。
――ということは、小説のネタには困らないほうですか?
山本 ネタはいくらでもできるかもしれないんですけど(笑)、実際書くとなると違いますよね。書いている最中に「これはあかん」ということがいくらでも起こる。それから僕は偏りがすごくある人間なので、たとえばスポーツのことなんかぜんぜんわからないし、とくに秀でて何かを知っているわけでもないので、誰も知らない世界を描き抜くということはできないな、と思ってます。情報を集めたり取材をしたりしても限界がありますから。
――まだ漫画の編集は続けておられますよね。ご多忙でしょうが、ご執筆はいつなさっているんですか?
山本 早朝と深夜ですね。朝七時くらいから八時くらいまでの一時間と、あと夜十一時以降に二時間くらいとか。
――毎日、三時間、規則正しく机に向かわれる。
山本 一日書かないと不安になりますね。これは農作業とかと一緒な感じだと思うんですよ。「水をあげなくちゃ」「肥料をあげなくちゃ」という。なんかパソコンに向かって枝葉をとったり、害虫をとったりしてる感じですね。実はいま何が大変って育児が一番大変なんです(笑)。おっぱいあげる以外は奥さんと同じように育児してますから。
老舗遊園地・慈極園(じごくえん)の再起をかけたリニューアル企画に絡もうと、主人公たちが最終コンペに臨むところから始まる新刊『凸凹デイズ』は、社員三名の弱小デザイン事務所凹組(ぼこぐみ)をめぐる物語であり、十年あまりの時間をへだてて、凪海(現在)とオータキ(設立前後)の視点で語られるコミカルな青春“仕事”小説。
――デビュー作から二年、集英社で第二作『はなうた日和』刊行から、新刊ラッシュですね。
山本 この『凸凹デイズ』のあと、十一月にポプラ社から『幸福ロケット』が出ます。来年一月には『笑う招き猫』が文庫になって、そのあとマガジンハウスからも連載がまとまる予定です。
――今回、デザイン事務所を舞台にされたのは?
山本 一口にデザイナーといっても、千差万別なところに興味を惹かれたのが大きいですね。個人でやってる方もいるし、会社でやってる方もいる。それぞれ皆スタンスがあって、信念をもって仕事するひとが多いのが、面白いんですよね。ほんと一人一人個性豊かだし。『凸凹デイズ』では「こんなやつはいないだろう」くらいまでは書いたつもりだったんですが、そのあとそんなようなひとにばったり会ったりして驚いて。まだまだ修行が足りないと思いました(笑)。
――『はなうた日和』は世田谷線小説と謳われていましたが、山本さんの小説では、具体的な地名や場所が示されることが多くて、またそれらが印象深く物語と関わっていますね。
山本 僕、情景描写が苦手なんですよ(笑)。要するに「風がそよいで緑が……」式の、見たものに対して、言葉を飾っていくことが苦手で、見たままを書いて、なおかつそれが小説の中で機能する、話の筋としてうまくはまっているように書くほうが、自分にとって場所を出す意味がある気がするんです。観光名所を書くような文章じゃなくて、そこにそのひとたちがいる意味が出てきたほうがいいんじゃないかな、と思っていて。
――今度の『凸凹デイズ』でも、目黒のクラスカや渋谷パンテオンの一階にあったユーハイム、竜の髭など、実在する場所が出てきます。
山本 あのユーハイムは今回どうしても書きたかったんです。とても居心地がよかったし、店から見える風景が好きだった。高架を行く銀座線とか。新しく建てなおすんでしょうけど、それはやっぱり違う風景になってしまうんじゃないかな。建物の古さもいい感じでした。デパートの中も本当は書きたかったんですけど、そこまでやってると違う話になっちゃうんでやめました。
本の話最新号目次
バックナンバー
PICK UP
自著を語る
私はこう読んだ
完結連載
東京・食のお作法
酒屋に一里 本屋に三里
虎馬圖書館
大和屋女将の語る
昭和のサムライたち
読書エッセイ
よせてはかえす恋の波
湯けむり読書日記
凸凹デイズ