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自著を語る

神さまを火水(かみ)さまとも書くんです。(エッセイスト 麻生圭子)
麻生圭子
――新刊『東京育ちの京都探訪――火水(かみ)さまの京(みやこ)』は「東京育ち」シリーズ、待望の第四弾となりますが、一世を風靡した『東京育ちの京都案内』から八年。その後、『東京育ちの京町家暮らし』『極楽のあまり風――京町家暮らしの四季』を立て続けに出されてから、六年が経過しています。
麻生 一世は風靡していませんが(笑)。あっという間に、六年、経ってしまいました。
「あとがき」にも書きましたけれども、『町家暮らし』を出した頃、ちょうど京町家ブームというのも重なって、テレビや雑誌で取り上げられることが多かったんですね。
 ところが『京都案内』の頃は、「よう書いてくれましたね」とか、「あそこ、よう言うてくれた」とか言っていただけていたのが、一歩、門口の奥に入ったことを書き始めると、「あそこは違う。こんなふうに書かれては困る」といったお叱りのメールが、しょっちゅう来まして、ちょっと凹んだ時期があったんです。攻撃的なメールだけでなく、親切で「念のため教えて差し上げるけれども、そういうことをするとこういうふうに言われますよ」というのもありました。
――テレビとか雑誌ですと、一部分だけがクローズアップされるので、なかなか真意が伝わらないことがありますね。
麻生 本を読んでいただければ、わかるんですけれども、余所(よそ)者が、古い京都の家に住んだ時にどういうふうに暮らしていくかがテーマで、京都人の真似をするというよりは、したことのない「昔暮らし」をするというスタンスだったんです。「京都人はこんなことしないよ」と言われても、知らなくて、そうしてしまったこともあるし、知っているけれども、私たちは敢えてこういうふうにしたというのもありました。
――京都の人が皆、姑や小姑に見えてきたということですね。
麻生 こんなこと書いて、また「ものを知らない」というふうに言われるんじゃないか、じゃ、ちょっとまた勉強しよう、で、勉強する。たとえば、一つのお寺に春だけ行ったとします。でも夏を知らないと、また「夏は違いますよ」と言われるといけない。やっぱり春夏秋冬、全部、行っとかなきゃいけないとか、そういうふうに考えているうちに、書けなくなってしまったんです。でも、その間、いろんな所に四季折々、行ってみたり、普通に拝観するだけではなく、伝(つて)を頼りに本来は一般公開されていない所まで入れていただいたり。
 四年ぐらい前に茶の湯と出会いまして。テレビ番組のお仕事が切っ掛けだったので、家元に近い方から教えていただくような形で。それで、またご縁ができて、献茶式だけでなく、お店などでも「お茶をやってる人なら、ここまで入れてあげよう」という具合になったんです。大徳寺の塔頭(たっちゅう)などでも「お茶の仲間」ということで、いろいろ見せていただけるようになりました。
――人脈と知識が、どんどん広がっていくわけですね。
麻生 京都というのは面白いところで、一つ何かを勉強すると、その奥でも、つながっていて、「あ、これがあったから、こうなったんだね」と。歴史が横つながりしていくというんでしょうか。で、見えないものが見えてくると、じゃ、こっちも勉強しようかということになるんですね。
――凹んでいたのは終わって、どんどん吸収していかれた。
麻生 でも、いろいろと見ていたら、見ているばっかり、インプットばっかりじゃなくて、やっぱりアウトプットもしないと、と。知識というのは書くことによって整理整頓されていきますから、一回、ちょっと整理しないと、私のちっちゃな容れ物では溢れてしまう。
――それで「月刊京都」の連載ということに。
麻生 地元に「月刊京都」という雑誌がございまして、ここの編集長には前々から、いろいろ声を掛けていただいたりしていたんです。それで、自分から手を挙げて、連載を始めました。ここは、編集長はじめ、皆さん地元の人たちですから、わからないことは、聞けばどうにでも教えてもらえるということもあって、割と楽に書けたんですね。
――京都について書くことの恐怖感から解放されたということですね。
麻生 その連載が、少しずつ練習になって、二年間、続いた時に、ああ、じゃ、これを下敷きにして書けないかなということで、今回の本を書くことができたということなんです。
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