評論家 杉江松恋

<探偵ガリレオ>シリーズ最新作がついに登場、しかも今回は長篇と短篇集の同時刊行という嬉しいサプライズつきだ。ファンのみなさま、お待たせしました。
ご存知のとおり<ガリレオ>こと湯川 学は、ミステリー作家・東野圭吾が創造したキャラクターだ。帝都大学理工学部物理学科准教授というのが本来の肩書きである。彼の頭脳に目をつけたのが大学の同期で、現在は警視庁捜査一課に所属する草薙(くさなぎ)俊平だ。
草薙はなぜか人体自然発火や霊視といったオカルト現象が絡んだ事件を担当させられる傾向があり、そのたびに湯川は解決のための助言を求められるのである。天才が人智の及ばない謎を解き明かした活躍の模様は、二つの事件簿『探偵ガリレオ』『予知夢』にまとめられている。その湯川が好敵手と言い得る存在に巡り逢ったのが、長篇『容疑者Xの献身』で描かれた殺人事件だ。彼が闘うことになった相手は、帝都大学時代の学友・石神哲哉だった。かつては親しく交わったこともある人物と敵対しなければならないという体験は、湯川にとってもやはり重いものだったようだ。この作品の終わりで湯川は、それまでは露(あら)わにしたことがなかった深い懊悩(おうのう)のさまを見せたのである。
『容疑者Xの献身』がミステリー愛好者だけではなく広い層の読者から支持されたのは、葛藤する湯川の姿が描かれた、人間ドラマとしても成立していたからだ。湯川 学という主人公は、もともとそれほど親しみやすい人物としては描かれてこなかった。なにしろ「論理的でない相手と付き合うのは、精神的に疲れる」から子供は好きじゃないと宣言するくらいだ。言うだけではなく、実際子供に触れてじんましんが出たこともあるぐらいなので、ポーズではなくてこれは本音なのだろう。徹底した合理主義者、人間嫌いの変人、というあたりが『探偵ガリレオ』で初めて湯川に接したときに読者が抱いた印象だったはずである。
とはいえ、大学時代にはバドミントン部に所属していたというから完全なインドア派の引きこもりというわけではないし、コーヒーの味にはうるさい癖にインスタントコーヒーばかり飲んでいるという人間臭い一面もあってなんとなく憎めない。「本当の気持ちをなかなか言わないやつ、まったくもどかしい!」ぐらいの気持ちで、みんな湯川 学を眺めていたわけだ。それが『容疑者Xの献身』で初めて自らの内面をさらけ出したのだから、読者が驚き、夢中になったのも無理はないことだったのである。