東野圭吾プロフィール

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「ガリレオ創作秘話──閃きはすべてものにする」

――前作『容疑者Xの献身』は、直木賞をはじめ本格ミステリ大賞など、多くの賞をとり、各方面で高い評価を得ました。三年ぶりのシリーズ続編として、『聖女の救済』を執筆、刊行されるにあたってプレッシャーはあったのでしょうか?

東野

さすがにキャリアが長いので、もうプレッシャーを感じることはないですね。むしろ、諦めがあります。
どんな作品を書こうとも、過去のものと比較されて、簡単に上回ったとは言ってもらえないんじゃないかなと思っています。
だからこそ『聖女の救済』は味付けとして全く違うものを書こうとしたんです。  

――諦め、という感覚を持つようになったのはいつごろからでしょうか?

東野

うーん……十年ぐらい前、いや、もうちょっと前ぐらいかなあ。結果的に右肩上がりになればいい。 だけれども、そういうのって結局、自分がどうこうしたってしょうがないですからね。あとからついてくるものだから。

――『容疑者Xの献身』を書き終えた時点で、次作の犯人は女性だとおっしゃってました。

東野

そうでした。構想はかなり早くからありましたね。石神を書いてるうちに、こんなおっさんばっかり書いててもしゃあないなぁと(笑)。 もうちょっと華がほしくなったんですよね。だから、『容疑者Xの献身』を書き終えたときに、揺り戻しというか、今度は全然違う雰囲気で書きたいと考えたんですね。

――石神が冴えないおっさんだったから『聖女の救済』が生まれた(笑)。

東野

そうなんです。『容疑者Xの献身』と比較しながらだと話しやすいんですけども、まず湯川のライバルを出そうと考えた。
湯川が物理学者だから数学者・石神を登場させた。だから今度は違うタイプの強敵を出そうと思ったんです。石神とは論理対論理。論理的思考という対決だったんだけれども、今度は湯川が最も苦手なもの、と考えて、まったく論理的でないトリックを用いる犯人にしよう、と。そういう犯人はどちらかというと男性ではなくて女性だという気がしたんです。
さらに湯川石神とは別世界にいるセレブの女性だろうと。そして、夫・真柴義孝を殺害した容疑者、綾音というキャラクターが生まれた。

――以前、『容疑者Xの献身』の連載が始まる前に、東野さんに「そろそろスタートできませんか」とお聞きしたら、「まだちょっと難しいです」とおっしゃった。さらに「トリックの細部が固まらないんですか」とたずねたら「トリックもまだですけど、トリックは後付けでもいいぐらいなんです。今回、僕は数学者の世界観を掴めないと書けないんです」とおっしゃったのが、すごく印象に残っています。今回はどうだったんでしょう。

東野

どちらにも苦労しましたね。苦労はしたけど結構楽しかった。世界観を作っていく作業がいいんです。
トリックとキャラクターの関係というのは、「え、この人こんなことするかな」、ではなくて、「この人だったらこういうことしそうだ」というものである必要があるんです。今作も実は、あり得ないトリックなんです。普通のやつならこんなことはしねえよ、という……。だとしたら、こんなことをしそうな人物を描かなきゃならない。そして、まず自分自身が、「ああ、このキャラクターの犯人だったらしそうだ」、と思えなきゃだめ。“トリックとキャラクターの融合”、これが難しいんです。

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