どこに仕舞い込んだものか、いくら探しても出てこない。捨ててはいないはずだ。白馬にまたがった騎士が、左手に逆三角形の楯を持ち、右手で剣をかざしている。函の図柄はたしかこうだった。騎士はアーサー王。剣はエクスカリバー。本の名は『アーサー王物語』。講談社から出ていた、子供向けにリトールドされた世界名作全集のなかの一冊だ。読んだのは昭和二十年代の末。
こまごまとしたことを覚えているのは、本を読んだあとで映画も見にいったからだ。こちらは『円卓の騎士』と題されていた。私はそのころ金沢に住んでいて、浅野川大橋の近く(だったような気がする)の、ムービー菊水という映画館へ祖母に連れられていった記憶がある。映画はあまり面白くなかった。ロバート・テイラーの演じるサー・ランスロットが、私のイメージにそぐわなかったからだ。「世界初のシネマスコープ」が謳い文句の映画だったが、ずっとあとになって、実は「MGM初のシネマスコープ」だと知った。
私は、湖の騎士サー・ランスロットのファンだった。ランスロットはアーサー王の忠実な臣下なのだが、王妃ギネヴィアと恋に落ちる。一方、ランスロットに熱を上げていたエレインという娘は、魔法の力でギネヴィアに化け、彼の子を宿す。エレインはランスロットに捨てられ、子供は長じて騎士ガラハッドとなる。ほかに覚えているのは、ランスロットとサー・ガウェインの死闘だ。ガウェインの弟ふたりは内乱に巻き込まれ、尊敬していたランスロットに殺されてしまう。それを知ったガウェインは復讐の鬼と化し、ランスロットを執拗に追いまわすのだ。
いまにして思えば、かなり激しく愛憎が渦巻く物語なのだが、六歳の私はこのなりゆきに胸を躍らせていた。いや、物語にというよりも、登場人物に感情移入していたのだろう。アーサーがランスロットを討とうとする一節では、せつない憤りさえ感じた。アホなガキとしかいいようがないが、当時は大真面目だったし、その体質はいまだに残っている。超絶技巧のスポーツ選手や、野獣のようなダンサーや、異能の俳優に惹かれるのは、きっと「ランスロット好み」の後遺症だ。
そういえば、子供のころの私はトランプで遊ぶとき、スペードのジャックを引くと嬉しくて仕方がなかった。この端正な横顔はランスロットにちがいない、と思い込んでいたからだ。実をいうと、ランスロットをモデルにして描かれたのはクラブのジャックらしい。これも、ずいぶんあとになって知った。 |