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はじめての文学

「少年と本と人生」坂川栄治(さかがわえいじ、作家・装丁家) はじめての文学
 記憶を遡ってみると、本から影響を受けたと思われる一番古い記憶は、小学五年の頃に読んだ「イソップ物語」かもしれない。
 今から四十年ほど前のことだから記憶もおぼろげだが、今でも一つの話だけは忘れられずに覚えているということは、よほど面白かったか、身に染みたからなのだろう。
 昔の十一歳は本など読まなかった。友達と外で遊ぶ方が読書なんかよりも百倍も楽しかったからだ。男の子が読む本は教科書で十分だった。それに小さな町には満足な本屋もなかった。
 雪が降り積もった長い冬休みのある日、休み中の宿題の感想文のために母が買ってきたのだと思うのだが、たまには本くらい読みなさい、とばかりにそんなに厚くはない絵入りの本を手渡された。生まれ故郷の北海道では吹雪くと外へは一歩も出られなくなった。そういう時は家の中で何かをしていなければ暇を持て余してしまうので、私は仕方なくその本を読んだ気がする。
 白黒の線画で描かれた挿絵が綺麗だった。雪が降る前に一生懸命冬支度をするアリと、その姿を横目に見ながら何もせずに歌を歌って暮らす楽天的なキリギリスという互いに非常に対照的な立場の昆虫の話だった。話はやがて雪が降ると、なまけ者で働かず蓄えもないキリギリスは、寒くて腹ペコで、ついには暖かい部屋で暮らすアリの家のドアを叩くはめになる、という教訓話だった。
 どこの出版社の本だったかは憶えていないが、タイトルは「アリとキリギリス」だったと思う。
 その本を読んだとき、メチャクチャ怖い話だ、と思った。北国に暮らす少年にとってその話はあまりにもリアルで、身につまされるような話だったのだ。つまり北海道の厳しい自然の中では、物乞いの人は生きていけないからだ。
 それ以来、この話が頭にこびりつき、私は働くことに対してはアリのように勤勉でなければいけないと思うようになった。
 そしてあれから四十数年が経ったというのに、あの話はいまだにおじさんの頭の中を洗脳したままである。だから「イソップ物語」は私にとってはとてもコワ〜イ一冊なのである。
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