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はじめての文学

読書の楽しさを教えてくれたのは 児玉清(こだまきよし、俳優) はじめての文学
 そもそも僕が大の本好きになった、そのきっかけは、昭和十八年、小学校の、いや当時は戦時下で、国民学校の四年生のときに読んだ講談本の一連の所謂《剣豪物》であった。塚原卜伝、伊藤一刀斎、千葉周作、柳生十兵衛、粂(くめの)平内に佐々木小次郎と子ども心に、その面白さに夢中になって読み耽り、いっぺんに本好き少年に変身してしまったのだから面白い。つまり、読書の楽しさを剣豪物語で教えてもらったということなのだ。
 後年、なぜ、子ども心にあれほど剣豪物に夢中になったのか、心躍り、わくわくと次はどんな展開、運命が待ちかまえているのか、頁をめくる楽しさに本の虜になった原因は一体何だったのかを考えたのだが、答は次のようなものだった。箇条書きにしてみると、(1)誰もが苦難と困難を乗り越え、創意工夫を凝らして独自のユニークな新剣法を編み出すそのプロセスの滅茶面白さ。(2)逆境を懸命に生き抜く勇気と努力、そして我慢と辛抱に感動。(3)世の中には必らず人を陥(おとしい)れる悪い奴がいるぞ。(4)人間生きて行く上でいかに智恵というものが大切であるかを教えてくれた。(5)世の中は広く、必らず上には上があるのだぞ、ということ。(6)剣豪は強きが故に孤独を強いられること。(7)人間の運命の不可思議さ。(8)一つの道を究めることの栄光と悲惨。(9)一人として同じ人間はいない。といったことになる。
 つまり講談の剣豪物は、子どもにとって未知の世界である大人の世界を、人間の多様性や複雑さを、人生の機微といったものを、それぞれの個性溢れる剣豪たちの辿った数奇な運命とその波乱万丈の生涯を、ときには嘘とホラ話を交じえた滅茶面白物語に仕立てた中で痛快且つ愉快に教えてくれたのだ。
 爾来、僕は本を読むことに夢中になり熱中した。そこにはあらゆるものがあり、冒険、夢、希望をふくらませ、心を豊かにしてくれる魔法がかくされている。本は僕の心をときめかせてくれる何物にも替え難い宝物であることをこのとき発見したのだ。
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