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はじめての文学

はじめての文学

 作家人生も長くなってきて、次第に読者層も分厚くなってきました。
 これはありがたいことです。
 そして「私は前半のほうが好き」とか「最近の作品だけが好き」なんていう人たちもいて、これもまたありがたいことです。
 そういうことはさておき、私の最も得意とする分野は短編と中編ですので、この本の中に入っている作品には比較的(ひかくてき)自信があり、好きなものです。もちろん文法の間違(まちが)いはたくさんあるし、文学としてどうなのかはわかりません。ただ、出てくる人たちに対して私がとても誠実に愛情を持って描(えが)いた、それは確かです。

 私の作品は半分くらいファンタジーというか寓話(ぐうわ)であり、現実の重さはもっときびしいものだよ、と批判する人たちもいます。実際にそういう側面もあります。
 しかし、私は若い人たちに、こう言いたいのです。
 夢も持てない人生なんて、あってはいけない。夢とは、お金持ちになって広くて良い部屋に住み、仕立てのいい服を着て、おいしいレストランに行く……そんなものではないのです。夢とは、自由のことです。
 ああ、おばさんくさい……しかし、ほんとうのことです。
 もしも毎日の中に自由の香(かお)りを見つけたら、その時、みなさんのまわりにいるお父さんお母さん、おじさんおばさんたちの中にも、子どもたちがいることに気づくでしょう。
 若さとは、いいことも悪いことも今日が永遠に続くと思ってしまうことです。異常に閉じこめられたような気がしたり、ものすごく解放されたりする様々に揺(ゆ)れる気分を存分に味わうことです。そしてそれが特権なのです。
 でも、時間はたっていく。誰(だれ)もが生きていかなくてはならない。
 そんな長い人生のどこかで、私の小説がこれからもふっとみなさんの心によりそう時があったなら、これ以上の喜びはありません。
 私は、実際に会ったら、ケチでずるく腹も出てるし白髪(しらが)も目立つ単なる口の悪い子持ちのおばさんですが、現実ではなく、小説の世界では言葉で魔法(まほう)を使います。そこだけは大人として信頼(しんらい)できる点です。
 それは、現実のせちがらさを忘れるためにウソを描(えが)いてみなをだまそうとしているのではなく、この世に生まれたことをなんとか肯定(こうてい)して受け入れようではないか、だいたいが面倒(めんどう)で大変なことばかりだけれど、ふとしたいいこともあるではないか、そういうことを言葉で表したいのです。生命という大きなものへの感謝を文章にして記したいのです。同じ時代の中で、そんな魔法をこれからも創(つく)り続けていきます。
 読んでくださって、ありがとうございました。
よしもとばなな   
(『はじめての文学 よしもとばなな』所収“読んでくださった若い人たちへ”より)
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